大分地方裁判所日田支部 昭和49年(ワ)24号 判決 1978年1月27日
原告 山本一次 ほか四名
被告 国
訴訟代理人 中野昌治 樋掛親男 石川公博 入江勝利 藤井庸夫 ほか二名
主文
一 被告は原告山本一次に対し金一六七万八五七九円およびその内金一五二万八五七九円に対する昭和四九年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は原告後藤洋子、同薬師神ひとみ、同山本功および同山本貢に対し各金七六万五二九〇円およびその内各金六九万五二九〇円に対する昭和四九年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを一〇〇分し、その一六を被告の負担、その三〇を原告山本一次の負担、その余を原告後藤洋子、同薬師神ひとみ、同山本功および同山本貢の負担とする。
五 この判決は、原告らの勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。ただし、被告が原告山本一次に対し金一〇〇万円原告後藤洋子、同薬師神ひとみ、同川本功および同川本貢に対し各金五〇万円の担保をそれぞれ供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
(当事者の求めた裁判)
I 原告ら
一 被告は原告山本一次に対し金一一七二万〇〇六四円および内金一〇六五万四六〇四円に対する昭和四九年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告後藤洋子、原告薬師神ひとみ、原告山本功に対し各金四五〇万七〇三二円および各内金四〇九万七三〇二円に対する昭和四九年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 被告は原告山本貢に対し金四五〇万七〇三一円および内金四〇九万七三〇一円に対する昭和四九年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 仮執行の宣言。
II 被告
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
三 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
(当事者の主張)
I 請求原因
一 事故の発生
訴外亡山本フサエ(以下、フサエという。)は、昭和四六年五月四日午前九時四〇分頃大分県玖珠郡玖珠町大字日出生小字小野原一番地の自宅作業場において不発弾が炸裂する事故により訴外亡小野勝とともに死亡した(以下、本件事故という。)。
二 本件事故の原因となつた不発弾は、直径一〇・五センチメートルのロケツト砲弾であり、陸上自衛隊(以下、自衛隊という。)日出生台演習場内に存在したものである。
三(一) 自衛隊が右演習場で射撃演習した際発生する廃弾は、右演習場付近部落住民によつて結成されている日出生台廃弾処理組合(以下、組合という。)が自衛隊湯布院駐とん地部隊分任契約担当官(以下、契約担当官という。)と廃弾の回収および払下について「廃弾払下契約」およびこれに付属する「廃弾処理作業遵守事項」(以下、双方あわせて本件契約等という。)を締結し、組合が右演習場内の廃弾処理の受託者として廃弾の回収作業にあたるとともに回収された廃弾の払下げを受けてきた。
(二) 本件契約等によれば、廃弾とは、銃砲口を離れ地上に落下した銃砲弾の破片で不発弾を含まないものであること、組合は、廃弾収集作業員(以下、作業員という。)の氏名をあらかじめ右演習場管理官(以下、管理官という。)の承認を受けて契約担当官に通知し、その登録を受けること、作業員は管理官の指示する日時および指定する作業区域内においてのみ作業を実施し、指示日時以外、立入禁止区域および不発弾明示区域で作業を実施してはならないこと、作業員は、収集作業をする際管理官に身分証明書を呈示し、所定の名簿への記録を受けてのち演習場内に立ち入り、作業中管理官から交付を受けた腕章を着用し、契約担当官の任命した監督官の監督を受けること、収集した廃弾は、演習場内の適宜の場所に集積し、払下相当量が集積されると契約担当官の任命した検査官が収集した廃弾を検査し、危険のないことを確認してから計量し、廃弾受払簿に検査官と組合が受払印を押捺したのち廃弾が組合に引き渡され、この時に所有権が組合に移転し、払下手続が完了するものであることなどが定められている。
(三) 作業員は、右手続後に組合から廃弾を譲り受けるものであるが、本件事故の原因となつた不発弾は、作業員であるフサエが右経路により取得した廃弾の中に混在していたものである。なお、銃砲弾には、火薬を装てんした実弾と装てんのない演習弾の二種があり、前者は国防色、後者は青色にそれぞれ塗装されているが、本件事故の原因となつた不発弾は、青色か国防色であるか、従つて演習弾であるか実弾であるか通常人には識別困難なものであつた。
(四) 被告の機関である自衛隊の契約担当官並びにその任命にかかる監督官および検査官は、本件契約等により作業員が不発弾を収集することのないように監督し、収集廃弾の中に不発弾が混在していないことを検査すべき義務を負担していたにもかかわらず、右各義務を懈怠した過失により作業員が不発弾を収集することを防止し、収集廃弾の中に不発弾が混在することを看過して組合に廃弾とともに不発弾を払い下げ、これをフサエが組合から譲り受けた結果本件事故が発生したものであるから、被告は発生した損害を賠償すべき義務がある。
四 仮に本件事故の原因となつた不発弾が前項の経路によりフサエが取得したものではなかつたとしても、被告は、本件事故について責任がある。
(一) 右演習場のある日出生台は、現在その全域が国有地となつているが、日本帝国陸軍(以下、旧軍という。)が演習場として使用する以前から日出生台およびその付近部落住民の採草、放牧のための入会地であつたばかりか、居住地であり、耕地でもあり、その生活のほとんどを日出生台の資源に深く依存していた。旧軍は、日出生台を演習楊として使用し、わずかな私有地を買収したため、右住民は、居住地を追われ、耕地を失い、入会地の利用を妨げられ、その生活基盤を失う虞れがあつた。そこで、右住民は、生命の危険をおかして従前からの入会慣行を継続するとともに入会権を持つ者が演習場に発生する廃弾を収集するに至つたものである。廃弾収集は、いわば演習楊の存在により日出生台を入会地としての利用を妨げられ、生活を圧迫され続けてきた右住民への補償という歴史的意義を持つていたものである。右住民は、旧軍の演習に支障のないかぎり演習場内へ立ち入り、自由に廃弾を収集し、収集した廃弾は適宜処分して貴重な現金収入の道としていたものであり、これは旧軍時代のみならず、戦後米軍が右演習場を接収し、昭和三四年陸上自衛隊が使用を始めるまでの間絶えることなく継続していたものである。ところが、陸上自衛隊が使用を始めた頃から付近住民が廃弾収集の既得権を守るためと、廃弾が一応国有物であるため一定の法形式をとる必要があつたため、日出生台に入会権を持つ者で結成された組合が本件契約等を自衛隊と締結するに至つたものである。
(二) ところで、本件契約等が締結されはしたが、これによつて廃弾が処理されたのは一、二回例外的にあつたにすぎない。実際には旧軍以来の慣行どおり日出生台に入会権を持つ付近住民で結成されている組合の作業員は、自衛隊の演習に支障のないかぎり右演習場に立ち入り、自由に廃弾を収集し、収集した廃弾は、随時組合の指定業者(原告一次もその一人であつた。)に売却して自己の収入としていたもので、旧軍時代との相異点は、毎年自衛隊の演習予定から割り出された数量の銃砲弾の一ないし二割程度の重量に当時のくず鉄相場価格を乗じた金員を組合から自衛隊に前納していたにすぎない。旧軍時代以来慣行的に確立していた廃弾収集方法は、本件契約締結後も有償になつた点を除いて実質的に変更されず、自衛隊が廃弾収集過程で関与するのは、前納金を受領するときのみであり、それ以外の手続には全く関与せず旧軍時代以来慣行的に確立した廃弾収集方法を事実上承認していた。
(三) フサエが本件事故の原因となつた不発弾を取得した経路は不明であつたとしても、右演習場に存在した不発弾を入手したものであることは明らかである。
(四) 被告の責任原因
1 民法七〇九条
自衛隊は、右演習場が古くから右住民の入会地であり、住民が採草、放牧、廃弾収集の目的のために右演習場内に立ち入り、自由に廃弾を収集していることを認識し、これを事実上承認していたものであり、かつ、本件事故当時右演習場内に多数の不発弾が残存し、これらの中には腐食、汚泥、錆等により実弾と演習弾との区別すら困難なものがあり、ときには砲弾の原型をとどめていない不発弾もあるという極めて危険な状態であることをも認識していたものであるから、作業員が廃弾と誤認して不発弾を収集し、その結果不発弾の炸裂による事故が発生する可能性を予見しえたというべきである。従つて、被告の機関である自衛隊は、右演習場で射撃演習をした場合、演習後直ちに不発弾の処理を行い、処理不能なものについては標識を立てるなど作業員に広く未処理の不発弾の存在を周知せしめ、付近住民に被害の及ぶことのないよう万全の措置を講ずべき法律上の義務があるにもかかわらず、右義務を懈怠してなんら適切な措置を講じなかつた過失により本件事故が発生したものである。
2 国家賠償法一条
管理官は、右演習場の管理の責任者であり、国の公権力の行使にあたる公務員であるところ、右同様の事実を認識し、職務上右同様の法律上の義務を負担しながら違法にその職務を懈怠した結果本件事故が発生したものである。
3 同法二条
右演習場は、公の営造物であり、被告はこれを所有し、管理しているものであるところ、前記事情があるにもかかわらず演習場内に多数の不発弾を放置していたこと自体演習楊の管理に瑕疵があつたというべきであり、本件事故は不発弾を放置した管理の瑕疵により発生したものである。
五 損害
(一) フサエの損害合計金 一二五八万三八一一円
1 逸失利益 金四五八万三八一一円
フサエは、死亡時五二才の健康な女子であり、本件事故により死亡しなければ満六七才まで就労し、その間少くとも昭和四六年度賃金センサス第二表による五〇才から五九才までの女子労働者の年間平均収入額六二万九一〇〇円の収入を得たものであり、その内三割を生活費相当額として控除したものがフサエの年間純収入額であるからホフマン式計算方法により中間利息を控除するとフサエの逸失利益は、金四五八万三八一一円となる。
2 慰謝料 金八〇〇万円
フサエは、夫である原告一次とともに廃弾回取業、ノリミス採取加工業に従事し、年間金三〇〇万円を下らない収入をあげていたものであり、原告一次が病弱であるという状況にあつて一家の経済的、精神的支柱としての役割を果してきたものであるから、本件事故によつて死亡したことによる精神的苦痛は極めて大きく金八〇〇万円に相当する。
(二) 相続
原告一次は、フサエの夫、その余の原告らはいずれもその間の子であるから、原告一次は三分の一、その余の原告らはいずれも六分の一宛フサエの被告に対する右損害賠償請求権を相続した。
(三) 原告一次の財産的損害 合計金一四六万円
1 葬祭費用 金三〇万円
原告一次は、フサエの夫として同入の葬儀を主宰し、金三〇万円の出損をした。
2 訴外小野ハルエに対する債務負担 金一一六万円
原告一次は、本件事故により死亡した亡小野勝を雇用していたものであるところ、右勝の妻である小野ハルエは、昭和四八年五月原告一次を相手方として遺族補償金および葬祭料等合計金一一六万〇七〇〇円の支払を求める訴を提起した。原告一次は、弁護士に右訴訟の追行を依頼して応訴したが、双方は昭和四九年五月一七日裁判上の和解を成立させ、原告一次は小野ハルエに対し金一一六万円の債務を負担した。原告一次が負担した右債務は、弁護士を依頼して応訴した末のやむをえないものであり、かつ、本件事故が前記のとおり被告の責任であるから、被告が負担すべきものである。
(四) 原告らの慰謝料 合計金一三〇〇万円
原告一次は、フサエとは二七年間連れ添つた夫婦であり、同原告が病弱で家業の差配も同人に委ねざるをえず、同人が一家の経済的精神的支柱の役割を果していたこともあつて同人死亡による精神的苦慮は極めて大きかつたのみならず、自衛隊は、本件事故を契機として不当にも廃弾収集の禁止措置に出たため、これにより被害を被つた付近住民とあつれきが生じ、これが家庭破壊、家族離散、経済的破綻をも惹起するなど、その苦痛は極めて大きく、それを慰謝するには、金五〇〇万円が相当である。
その余の原告ら四名は、母であるフサエを失つたことにより多大の精神的苦痛を受けたのみならず、家族離散の浮目に会い、その精神的苦痛は各金二〇〇万円に相当する。
(五) 弁護士費用 合計金二七〇万四三八〇円
原告らは、被告が本件事故による損害賠償金を任意に支払わなかつたためやむなく弁護士に本訴の提起、追行を依頼し、全面的勝訴判決があつたときは、その各一割である原告一次については金一〇六万五四六〇円、その余の原告ら四名については各金四〇万九七三〇円をそれぞれ支払うことを約した。
六 原告らの請求額 合計金二九七四万八一九一円
(一) 原告一次 金一一七二万〇〇六四円
前項(一)(二)により取得した金四一九方四六〇四円、同(三)の金一四六万円、同(四)の金五〇〇万円、同(五)の金一〇六万五四六〇円。
(二) 原告洋子、同ひとみおよび同功 各金四五〇万七〇三二円 各前項(一)(二)により取得した金二〇九万七三〇二円、同(四)の金二〇〇万円、同(五)の金四〇万九七三〇円。
(三) 原告貢 金四五〇万七〇三一円
前項(一)(二)により取得した金二〇九万七三〇一円、同(四)の金二〇〇万円、同(五)の金四〇万九七三〇円。
七 よつて、原告らは被告に対し前項記載の各金員およびその内からいずれも弁護士費用を除いた各金員につき訴状送達の翌日である昭和四九年五月一六日からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
II 請求原因に対する答弁
一 請求原因一の本件事故発生の事実は認める。
二 同二の事実中、本件事故の原因となつた不発弾が一〇・五センチメートルのロケツト砲弾であつたことは知らない。
三 同三の(一)および(二)の各事実は、いずれも認める。
同三の(三)の事実中、銃砲弾の種類およびその色別の事実は認め、廃弾が組合から作業員へ譲渡される事実は知らず、その余の事実は否認する。本件事故の原因となつた不発弾は、自衛隊(契約担当官)が本件契約等によつて組合へ払い下げたものではなく、フサエが本件事故の前日大分県玖珠郡九重町田尻部落で訴外山本雪太郎らから買い受けた廃弾の中に混在していたものと思われ、同人らは本件契約等に基づくことなく勝手に演習場内に立ち入つて違法に廃弾を拾得し、検査官の検査を受けることなく持ち帰つたもので、作業員が本件契約等を遵守しているかぎり事故の発生する余地はない。
同三の四の事実中、契約担当官並びにその任命にかかる監督官および検査官が、原告ら主張の義務を負担していたことは認め、その余の事実は否認する。右不発弾は、契約担当官が組合へ払い下げたものではないから、本件の場合右各義務を負担する余地はない。
四(一) 同四の(一)の事実中、現在右演習場全域が国有地であること、右演習場区域内にかつて一部住民が唐住し、それらの者の土地を旧軍が買収したこと、自衛隊が右演習場を昭和三四年頃から使用を開始したこと、自衛隊が右演習場を使用する以前に右住民が慣行的に廃弾を収集していたことはいずれも認め、日出生台の国右地が付近住民の入会地であつたこと、組合が日出生台に入会権を持つ者で結成されていること、付近住民がその生活のほとんどを日出生台の資源に依存していることはいずれも知らず、その余の事実はすべて否認する。
同四の(二)の事実は、いずれも否認する。
同四の(四)の事実は、いずれも否認する。
(二)1 右演習場に発生した不発弾は、自衛隊が確実に処理していたものである。それにもかかわらず、若干の不発弾が残存していたとしても、演習場は実弾射撃を含む演習という公用に供される目的で設置されているものであり、一般国民が立ち入つて利用するための施設ではないから、演習場内の不発弾も原則的には自衛隊の演習に支障のない状態にしておけば足りるものである。ただ自衛隊は、本件契約等により右住民が演習場に立ち入り、廃弾を収集すること、その他採草、放牧等のために演習場を利用することを認めているものであるから、せいぜい演習場内で適法に弾収集、採草、放牧作業等に従事する者の安全を確保すべき義務を負担するにすぎないというべきである。ところが、本件事故は、右各作業従事中に発生したものではなく、違法に拾得された不発弾を演習場外で購入したフサエが、それを解体中発生した事故であるから、自衛隊の右安全確保の措置を講ずべき義務と因果関係はない。原告らが被告の責任原因として主張している不発弾放置の作為義務違反は、自衛隊の不作為を根拠とするものであるが、不作為は、作為による結果発生と同視ないしは同価値の場合にのみ責任原因になると解すべきであり、安易に不作為による責任を認むべきではないところ、契約担当官は、組合との毎期の契約に際しその代表者に本件契約等の内容を十分説明し、その理解を得ていたから、契約内容は確実に遵守され、従来これに違反する者はまつたくなく、自衛隊は、本件の如き不発弾が違法に拾得される事態を予測し、それを防止すべき作為義務を負担するものではない。また、右演習場は極めて広大であり、砲弾は着地点から跳弾し、或いは地中に埋没するなどするため、発生した不発弾を演習場内から無からしめることは極めて困難である。
2 前記の如く、自衛隊は、本件契約等の内容について十分の理解を得ていたから、作業員は右契約等の内容就中実弾と演習弾の色別、実弾は破片となつているもののみを収集し、原型をとどめている銃砲弾片を収集してはならないこと、換言すれば、原型をとどめ、かつ、演習弾であることを示す青色の痕跡のない銃砲弾片を収集してはならないことを熟知していた。なお、原告らは、原型をとどめないのに火薬が残存している銃砲弾片がある旨主張するが、科学上の常識に照して有り得ないことである。しかるところ、フサエは、原型をとどめ、かつ、青色の痕跡のない砲弾片の危険性を熟知しておりながら、自らの利益を追求する一念から敢えてその危険を顧みることなく本件事故の原因となつた不発弾を違法な経路で入手し、解体したものであるから、自らその危険を引き受け、その責任においてなしたものというほかはないから、被告はなんらその責に任ずべき義務を負うものではない。
3 仮に演習場に若干の不発弾があり、その放置が自衛隊の過失になつたとしても、これと本件事故との間には訴外亡小野勝の砲弾解体中の過失、フサエの不発弾を購入した過失、右山本らの不発弾を廃弾と誤認して拾得した過失がその因果の過程に介在し、自衛隊は、違法に不発弾を拾得する者の存在、これを賎入する者の存在、さらにこれを解体する者の存在等思いもよらない事態を予測することは不可能であるから、本件事故との間に相当因果関係はない。
(三) 国家賠償法一条において作為義務を導きだすには、法律上の根拠を必要とするところ、自衛隊が原告ら主弧の作為義務を負担する法律上の根拠はない。その他(二)記載の事実と同様である。
(四) 同法二条についても、演習場の右設置目的からして、若干の不発弾が残存していたとしても、その管理に瑕疵があるとはいえない。
五 同五の各事実中、(二)のフサエと原告らの身分関係については認め、その余の事実はすべて争う。
(証拠)<省略>
理由
一 請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件事故の原因となつた不発弾が右演習場内に存在したものであることは、被告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。<証拠省略>によると、右不発弾は、自衛隊が右演習場で射撃演習に使用した一〇六ミリ無反動砲弾もしくは八九ミリロケツト砲弾であり、そのいずれであつても砲弾内の炸薬の表面がへこんでいると目標に接した場合爆発力は目標板に深く喰い込むというモンロー効果を応用して製作されたものであり、一点向つて集中的に爆発力を発揮することが要求される対戦車砲等に利用されるものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。<証拠省略>によると、フサエは、本件事故の前日である昭和四六年五月三日訴外大平孝に自動車を運転させて中須部落に赴き、二か所で約三トンの廃弾の買い付けをしたが、その中に大部分原型をとどめた二九発のロケツト弾もしくは無反動砲弾があつたこと、同月四日の本件事故の少し前フサエ方作業場付近において使用人である小野勝が右自動車からフサエの前日買い付けた廃弾の荷おろし作業に従事していたこと、不発弾炸裂の直前右小野がやすりで金属をこするような音をさせていたことがそれぞれ認められることからすれば、右不発弾は、フサエが中須部落で買い付けた廃弾の中に混在していたものであると推認しうる。右認定に反する<証拠省略>は信用し難い。被告の主張によると、自衛隊が右演習場の廃弾を後示の本件契約等によつて組合へ払い下げたのは本件事故の約一年前である昭和四五年五月三〇日が最後であり、右主張が弁論の全趣旨から首肯しうるものであることからして、中須部落の者がフサエに譲渡した廃弾は、本件契約等によつて組合へ払い下げられたものではなく、中須部落の者が本件契約等に基づくことなく右演習場内へ立ち入つて拾得したものであると推認しうる。以上の認定に反する<証拠省略>は信用できない。
そうすると、右不発弾が本件契約等によつて払い下げられた廃弾の中に混在していたことを前提とする原告ら請求原因三の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当たるを免れない。
三 そこで、本件事故に至るまでの背景等について検討を加える。
(一) <証拠省略>を総合すると、以下の事実が認定できる。
1 右演習場は、大分県大分郡湯布院町、同県玖珠郡玖珠町、同郡九重町の一県二郡三町にまたがる起伏の多い高原地に若干の山林と耕地が点在するほかは野草に覆われた日出生台と称される原野であり、そのほとんどが国有地であつたところ、明治三三年旧軍の野砲隊が初めて射撃演習をし、明治四一年に日出生台演習場主管が設置されて正式に演習場として発足するに至つた。その頃、旧軍は、右区域内にわずかに点在していた十余の部落、総戸数約一〇〇戸の私有地のことごとくを買収し、その後買収、払下により若干の増減をみたが、現在その全域が国有地であり、総面積五二八〇万平方メートルにも及んでいる。日出生台およびその付近に居住していた住民は、わずかな耕地を耕作するほか、国有地である原野に牛馬を放牧し、青草、カヤ、スス竹、熊笹、山菜を採取して営農するなど日出生の林野資源に深く依存する生活を送つていたがため、日出生台が演習場となり、わずかな耕地も買収されるとなると生活手段を奪われる結果になるため、私有地が買収される際旧軍に対して演習に支障のないかぎり従前どおり日出生台に放牧し、各種林野資源を採取し、耕地を耕作することができるよう求め、旧軍もこれを許可するとともに、野焼きも軍の指揮下で毎年行われることとなつた。と同時に右住民は、右演習場内に発生する廃弾を収集し、貴重な現金収入の道とするようになつた。右廃弾収集は、旧軍が右演習場を使用していた約四〇年間連綿として続けられ、その間旧軍がこれを制止し或いはその是非をめぐつて紛争があつたとうかがわせる証拠もないことからして、旧軍は、右演習場付近部落住民による廃弾収集を事実上承認していたものということができる。従つて、右住民は、旧軍によつて明示的に許可されていた林野資源の採取、放牧、耕作と同様、演習に支障のないかぎり右演習場内へ立ち入り、自由に、かつ、無償で廃弾を収集しうる慣行的に確立した利益を享受していた。しかしながら、原告ら主張の如く、右各種の利益が入会権に基づくものであること、廃弾収集が演習場の存在によつて不利益を被る右住民に対する補償ないしは代償として許可されていたものとまでは未だ認めるに足りない。以上の認定に反する<証拠省略>は採用できない。
2 旧軍による演習場の使用は、昭和二〇年八月一五日の終戦とともに終つたが、昭和二一年六月からアメリカ合衆国および国際連合軍隊が右演習場を接収し、平和条約発効後もいわゆる安保条約、行政協定に基づいてアメリカ軍が昭和三二年一〇月まで使用した。アメリカ軍は、右住民が有していた旧軍時代からの慣行を一切認めない方針をとつたため、右住民は営農に大きな打撃を受けたが、いわば監視の目をくぐり、演習の間隙をぬい、危険をおかして放牧こそできなかつたが、林野資源の採取、耕地の耕作を継続するとともにアメリカ軍の演習によつて生じた廃弾の収集を行うことにより旧軍時代の慣行を守り抜いた。以上の認定に反する証拠はない。
3 アメリカ軍が右演習場を使用中の昭和二八年一一月から当時の陸上保安隊も右演習場の使用を始め、自衛隊発足後自衛隊も使用し、アメリカ軍が撤退したのちは、自衛隊単独で右演習場を使用するに至つたが、右住民の林野資源の採取、廃弾収集は、自衛隊単独使用後も継続的に行われていた。以上の認定に反する証拠はない。
(二) <証拠省略>並びに弁論の全趣旨によると以上の事実が認定でき、この認定に反する証拠はない。
1 自衛隊は、未だアメリカ軍と右演習場を共同使用していた昭和三一年一二月六日大分県知事および関係町長との間に「日出生台演習場使用に関する覚書」を締結し、右覚書に引き続き昭和三七年三月二七日自衛隊(西部方面総監)は、地元側を代表する大分県知事、玖珠町、九重町および湯布院町の各町長との間に国有財産法一八条に基づく右演習場の使用等に関し一二か条からなる「日出生台演習場使用等に関する協定」を締結し、右協定に基づき「日出生台演習場使用等に関する協定に伴う細部事項」が定められ、右細部事項は昭和三八年一月三一日改定されたが、本件事故当時その内容は次のとおりであつた。右協定の目的は、右演習場の使用および管理等に関する事項のうち特に自衛隊と地元の相互に関係する事項を定めるものであること、方面総監は、右演習場内の通行、農地および宅地等の使用、採草、放牧、その他について国有財産法一八条の趣旨の範囲内において従来の慣行を尊重し、地元の要望にこたえるものであること、自衛隊が実弾射撃演習を行う場合には、演習場内において危険防止のため所要の事項を知事および各町長に通報すること、方面総監、知事および各町長は、危険予防について必要な措置を講ずるものとすること、方面総監は、射撃等立入禁止を必要とする演習を実施する場合は、不発弾その他危険物の早期処理、処理不能のものについては標示につとめることを使用部隊長等に実施させるものであること、知事および各町長は、不発弾、その他危険物に近寄らないことおよび演習場内にある廃弾は、自衛隊との契約により正規の権利を有するものでなければ採取してはならないことを関係住民に周知徹底し、その履行をはかることなどを骨子とするものである。
2 一方西部方面隊は、同隊における廃弾の処理を適正かつ安全に行なうに必要な事項を定めるため「西部方面隊廃弾処理要領」を制定し、これに基づいて日出生台演習場の廃弾収集につき契約担当官(湯布院駐とん地部隊会計隊長)は、右演習場付近住民によつて結成された組合(もつとも組合では、日出生台廃弾発掘組合と称していた。)との間に本件契約書を締結した。本件契約等の内容は、請求原因三(二)摘示のとおりであり(この事実は当事者間に争いがない。)、その他、組合は、不発弾(不発弾であるか否か不明なものを含む。)と思われるものを発見したときは、直ちに監督官等に届け出その指示を受けなければならないこと、収集廃弾の締切は、原則として毎月末日又は半月実施し代金の計算を行なうこととなつている、本件契約等は、おおむね毎年五月から一年間或いは翌年三月頃までを期間として、繰り返し締結されて今日まで至つているが、昭和四三年度は右契約等が締結されたか否か明らかではない。
(三) <証拠省略>によると、次の事実を認めることができる。右演習場における射撃演習は、種々の火器を使用して射撃陣から一定の弾着地に向けて種々の銃砲弾を発射してなされるものであるが、本件当時榴弾砲射撃のための第一弾着地と戦車砲、無反動砲射撃のための第二弾着地(従つて本件事故の原因となつた不発弾は、第二弾着地周辺で拾得されたものであると推認しうる。)が設けられていたため、収集の対象となる廃弾(不発弾も)は、第一および第二弾着地並びにその周辺に集中して発生するが誤射或いは跳弾のため右以外の場所に発生することもある。射撃演習は、おおむね年間を通じて行われるから廃弾も年間を通じて発生してはいるが、廃弾の集中する弾着地にかぎつても数万平方メートルの広大なものであるうえにその全域に野草が生い茂つているため、廃弾の発見収集が困難である。そこで、毎年三月末から四月にかけて右演習場の野焼が行われて野草が焼失し、新たに野草が生えるまでの約一か月間は地表にある廃弾の発見収集が容易であるため、右期間に廃弾収集が一斉に、集中的に行われ、年間産出量の六ないし七割が収集されるに至る。右期間以外は、地表の廃弾はもとより、種々の用具を使つて地中に埋没している廃弾をも発掘して収集するものである。以上の認定に反する証拠はない。
四 次に、本件契約等の遵守状況および廃弾収集の実情についての検討を進めると、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められ、右認定に反する<証拠省略>は採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 本件契約等によると、「作業員は管理官(湯布院駐とん地部隊業務隊長)の指示する立入日時を厳守し、それ以外の日時の作業を実施してはならない。」と定められている。当初管理官は、右演習場への立入日時を組合に指示し、作業員は指示日時に一斉に演習場に立ち入つて廃弾収集をすることもなくはなかつた。しかしながら当初においても右条項が厳格に遵守されていたものではなく、管理官の指示日時以外でも思い思いに演習場内に立ち入つて廃弾収集をしていた作業員もあつたし、右契約等の「当日の作業員は、演習場等の立入の際、演習場管理官に身分証明書を呈示し、所定の名簿への記録を受ける。」との定めに至つては、当初から一回でも遵守されたと認めるに足る証拠はない。その後、次第次第に作業員全員が管理官による立入日時の指示がない場合でも演習に支陣のないかぎり思い思いに演習場に立ち入り、林野資源の採取、放牧作業等とともに廃弾収集するようになり、本件事故の相当以前から管理官の立入日時の指示は、されることがなかつた。従つて、廃弾収集の日時に関しては、旧軍以来の慣行に逆行して作業員は演習に支障のないかぎり思い思いに演習場に立ち入つていた。
(二) 右契約等によると、「作業員は管理官より指定された作業区域内において作業に従事するものとし、立入禁止区域……への立入を厳禁とする。」と定められている。ところが、笹理官による作業区域の指定は、当初から、仮に当初指定されることがあつたとしても本件事故の相当以前からされたと認められる証拠はない。また、立入禁止区域の指定が、不発弾の表示等具体的、個別的にされる場合以外にあつたのか否かも明らかではない。演習場内への道や枢要な地点に演習場への立入禁止の標示板、弾着地付近にも弾着地への立入禁止の標示板がそれぞれ立てられているが、作業員の演習場内への立入を一般的に禁止する趣旨でないことは前示自衛隊と関係知事・町長との協定により明らかであり、弾着地への立入も、廃弾は弾着地にこそ多量に存在するものであり、それを収集する契約を締結している趣旨からしても作業員の弾着地への立入を禁止しているものとも認められない。いずれにせよ、立入禁止区域が具体的にどこをさすか明瞭ではないし、作業員は、旧軍以来の慣行どおり弾着地を含めて廃弾の存在する場所であれば演習場のすべての区域に立ら入つていた。
(三) 右契約等によつて定められている契約担当宮の任命する監督官による廃弾収集作業の監督は、当初から、仮に当初されることがあつたとしても本件事故の相当以前から全く行われてはいなかつたし、その氏名の組合に対する通知もなされていたと認められる証拠はない。
(四) 右契約等によると、収集廃弾は、演習場内の適宜の場所に集積し、契約担当官の任命する検査官の検査および計量を受け、しかるのちに組合に払い下げられることになつている。旧軍時代から廃弾が多量に収集される時期には、古物回収業者が演習場内にきて廃弾を現金で買取つていたものであり、本件契約等が締結されたのちも作業員は収集廃弾を第一弾着地付近に設けられた鉄柵に運んで、そのそばに陣取つている業者に売り渡し、相応の現金を取得するとその後は全く関知しなかつた。作業員が広大な地域から収集した廃弾を第一弾着地の鉄柵の設けられている所まで運ぶのは、検査を受けるがためというより、むしろ業者に引き渡して現金を受けとるためという面が強かつた。作業員は、当初右理由からであつても収集廃弾を第一弾着地付近の鉄柵に集積し、相当量集積されると、これを実質的には買い受けている業者等が演習場管理班に連絡して検査官の派遣を求めて検査を受けていたが、計量は既に右業者が作業員から買い受けの際しているので、検査官は、業者の買受総重量をチエックするのみであつた。しかしながら、当初から収集廃弾のすべてを必ず集積して検査官の検査を受けていたのではなく、廃弾が少量しかでず、業者が演習場にきていない時期には重い廃弾を第一弾着地付近の鉄柵まで運ぶことはせず、そのまま自宅に持ち帰つたりするものがいたし、集積廃弾が盗難に会うこともあつたがため次第に集積し、検査官の検査を受けることが少くなつた。それでも収集廃弾の集積および検査の条項は、作業日時の指示および作業場所の指定とは異なり、全く空文化していたものではない。被告は、昭和四二年六月一日から昭和四六年三月三一日までの間に、昭和四二年八月に二回、同年九月に二回、昭和四五年三月に一回、同年五月に三回それぞれ検査官による検査をして組合へ払い下げた旨主張し、これは弁論の全趣旨から首肯しうるものであるが、これによつても昭和四三年(もつとも被告は、この年皮の契約は締結されなかつた旨主張するところである。)、四四年、四六年には検査が全く行われておらず、それ以外の年度においてもその回数は極くわずかであり、契約払下量を相当下回つているものと思われる。もとより、廃弾収集は、昭和四三年度も含めて絶えることなく継続的に行われており、右以外に収集された廃弾は、検査を受けることなく処分されていた。収集廃弾の集積および検査の条項は、全く空文化してはいなかつたものの、実行されることの方が稀であつたといいうる状況であり、自衛隊がなすべき検査官氏名の組合に対する通知もなされていたと認められる証拠はない。
(五) 右契約等によると、「収集廃弾の数量締切は、原則として毎月末又は半月毎に実施し代金の計算を行な……」い、該代金を支払うこととなつている。しかしながら、当初から、仮に当初右条項どおりされることがあつたとしても本件事故の相当以前から毎年自衛隊が演習予定から割り出した使用銃砲弾の一ないし二割程度の重量にその時期のくず鉄相場価格を乗じた金員を組合が前納するにとどまつていた。
以上認定の如く、自衛隊と組合との間の本件契約等の存在にもかかわらず、作業員は、本件事故の相当以前から旧軍時代以来数十年間に亘つて連綿として継続してきた慣行どおり演習に支障のないかぎり思い思いの時期に右演習場内に立ち入り、廃弾が存在するところであれば弾着地を含めてすべての場所で収集作業を行つていたものであり、収集廃弾も時折集積および検査官の検査を受けることはあつても、ほとんどそのまま持ち帰り適宜処分していたものである。
五 次に、主として自衛隊側における本件契約等の遵守および実情の認識状況についての検討を進める。前示の如く、自衛隊が本件契約等によつて、まずなすべき作業日時の指示および作業区域の指定、監督官および検査官氏名の通知は、本件事故の相当以前からなされていなかつたし、証人幸野久は、右演習場の管理に直接従事する右演習場管理班所属の自衛官であるが、同証人は前項認定の廃弾収集の各実情をすべて熟知していたこと、右管理の責任者である管理官も右実情を認識していた旨推論して証言しているところであり、右証言は充分信用するに値するものであるし、自衛隊は、毎年相当量の廃弾払下契約を締結し、その代金を受領していたものであるにもかかわらず、本件契約等に基づく払下手続を全くしない年があること、した年でもその回数は極くわずかであり、払下予定量を相当下回つている年もあること、廃弾収集作業は絶えることなく継続しており、これを管理官が知らないとは到底考えられないことからして、自衛隊は、作業員が本件契約等によることなく廃弾収集している前項認定の実情就中検査官の検査を受けることなく廃弾を持ち帰つていた事実を認識していたものと推認しうるところである。それにとどまらず、同証言によると、管理官は右各実情を黙認していた旨供述しているところであり、かつ管理官は、右実情を認識していたものと認められるにもかかわらず組合或いは作業員に対し本件契約等に違反する所為について抗議し、右契約等の遵守方を指導し、要求したことも、右契約等に違反して収集された廃弾の回収措置を講じたことも、右契約等によつて違反があつた場合認めている解除権の行使をしたことも認めるに足る証拠は全くなく、ただ同証言によると、契約担当官が毎期の契約に際し組合長に対して不発弾に触らぬように、演習中演習場に立ち入らぬよう口頭で注意していたにとどまり、あたかも右実情を前提とするが如く組合に対して右演習場における射撃予定日を通知していたことからして自衛隊は、右廃弾収集の実情を黙認していたものとも解しうるところである。もつとも証人池田幸義の証言によると、湯布院駐とん地に所属するものではない同人が、演習場で射撃テストを行つた後、廃弾収集をしていた者を発見したので注意したうえその旨を右演習場管理班に連絡したことがあること、昭和四五年四月頃演習場内で不発弾の清掃作業に従事中、不発弾を分解し弾帯と信管のみを持ち去つた形跡のある砲弾片を発見したため、西部方面総監部に連絡し、同部から各部隊、関係町村、契約中の廃弾収集業者に注意を促したことがあることを認められるが、同人がとつた極めて適切な措置にもかかわらず、自衛隊の右実情の認識および黙認状況をくつがえすに足るものではない。
本件契約等で定める廃弾収集方法とその実情との間のあまりにも大きいそごが生ずるに至つた原因については、作業員が厳格な契約に慣れることなく、旧軍以来の慣行から抜けされなかつたのではないか、廃弾が多量に収集される時期には右契約等の内容を遵守することに困難はないが、それ以外の時期には非常に困難であつたのではないか、不発弾の危険性を認識はしつつも容易に流れることもあつたのではないか、管理官の作業日時の指示が適切に行われなかつたのではないか、などと種々考えられるところではあるが、いずれも推測の域を出ないものであるとともに、右認定の実情からして、作業員が本件契約等に形式的に違反するの故をもつて直ちに違法とは断定することはできない状況にあるものといわざるをえない。
六 そこで、被告の責任についての検討を進める。
(一) <証拠省略>によれば、右演習場内には本件事故の原因となつた不発弾以外にも相当数の不発弾が存在することは明らかである。そして、自衛隊は、右演習場内に不発弾が存在することを認識していなかつたとは到底認め難いこと、作業員が収集廃弾を検査官の検査を受けることなく演習場から持ち出していることを認識していたものであることから、作業員が不発弾を廃弾と誤認して収集し、その過程に何人の行為が介在するにせよ、最終的には廃弾とともに解体され、再生されるものであるから、その際不発弾の炸裂によつて人身事故が発生する危険性のあつたことは十分認識しうるものであり、本件事故が発生することも予見可能であつたというべきである。
(二) そして、自衛隊は、地元側を代表する大分県知事、玖九重・湯布院各町長に対し前記協定により「不発弾その他の危険物の早期処理。ただし、処理不能なものについては標示につとめる。」べき義務を負担しているばかりではなく、本件契約等の内容のうち、一定の代金を受領して廃弾を収集させる部分については完全、有効に存続しているものであり、その余の多くの部分については空文化ないしは形がい化し、作業員が検査官の検査を受けることなく収集廃弾を右演習場から持ち出している事実を認識し、黙認すらしており、これが作業員の一方的な責に帰すべき違法な行為と断定しえないものである以上、自衛隊は、自らの射撃演習という行為によつて極めて危険な不発弾(証人池田幸義の証言によると、自衛隊では、不発弾を絶対に触るな、蹴るな、踏むなと徹底して教育している。)を作出したものであるから、条理上これを放置することにより、作業員が廃弾と誤認して収集し、その炸裂による事故が発生することのないよう適切な措蹴を講ずべき義務を負担していたものと解すべきである。被告は、本件事故の原因となつた不発弾は、一般人が立ち入る可能性の少ない演習場という特別の場所に発生したものであり、演習場は原則として自衛隊の演習に支障のないようにしておけば足り、ただ付近住民に採草、放牧、通行、廃弾収集を認めていたからそれぞれその行為をするについて危険のないようにすべき義務を負担するにすぎず、本件の場合のように不発弾が違法に収集されることまで防止すべき義務を負うものではないと主張する。しかしながら、右主張は、前示の廃弾収集の実情および自衛隊の認識、黙認状況を全く顧慮していないものであり、採用し難い。また、被告は、本件事故は、フサエが自らの利益を追求するのあまり原型をとどめ、青色の痕跡のない砲弾片の危険性を認識しながら、敢えてこれを取得し、解体したのは、自らその危険を引き受けたものというべきである旨主張する。なるほど、フサエは右の点について重大な過失のあつたことは後示の如くであるから過失相殺の対象となることは格別、フサエの過失の存在の故に自衛隊が右義務を免れることはできない。
(三) <証拠省略>によると、自衛隊西部方面隊は、演習場内に発生する不発弾の処理に関し「西部方面隊不発弾処理要領」を定め、これによると「射撃部隊の長は、……発生した不発弾をみずからの責任において射撃終了後直ちに処理するのを原則と……」し、「発生……した不発弾が射撃部隊の処理能力では処理できない場合は、不発弾発生地域を縄で囲い『立入禁止』……等の標示を行うとともに、当該演習場管理官に通報する。」こととしている。<証拠省略>によると、射撃演習に際しては、弾着地から一〇〇〇ないし三〇〇〇メートルの位置にある監視所に射撃部隊から派遣された観測班が配置され、弾着地の調整に努めるとともに不発弾を発見した場合射撃部隊指導官に通報することになつていること、さらに西部方面総監が年二回以上各師団長に命じて演習場の清掃に当らせ不発弾の発見に努めていること、発見された不発弾は、右処理要領によつて適切に処理されているものであることがそれぞれ認められる。原告一次の不発弾を発見して右演習場管理班に通報したにもかかわらずなんらの措置も講じられなかつた旨の本人尋問の結果はたやすく措信し難い。従つて、自衛隊が行うべき不発弾処理等の義務は、発見された不発弾を処理する点については懈怠はなかつたものということができる。ところで、その前段階に当る発生した不発弾を発見し、作業員によつて収集されないようにすべき点をみるに、射撃部隊は、宍弾発射時その炸裂音を確認することによつて容易に不発弾の発生の事実を確認しうるものであり、弾着地付近の監視所で監視し、またすべきものであるから不発弾の着地点は判明するか、おおよその見当は付けうるものであるから(<証拠省略>)によると本件事故の原因となつた砲弾は、前示のいずれであれ飛翔速度が遅く肉眼でも見えることが認められる。)、直ちに不発弾の発見につとめるべきであり、発見しえない場合には不発弾の存在する可能性のある場所への立入禁止の措置を講じ、廃弾収集の権利のある者に対し不充弾発生の事実、場所、弾種等を通報して危険のあることを呼びかけるなど作業員が不発弾を収集しないような措置を講ずべき義務があるといわなければならない。しかし、右演習易内に相当数の不発弾がなんらの措置も講じられることなく残存していることは明らかであるから、射撃部隊が自ら作出した不発弾を発見し、発見しえない場合にとるべき措置について万全を尽していたとは認めがたいし、また年二回以上行うという清掃の際にも、当裁判所の検証時に旧軍時代のもとと思料される不発弾(右要領によると、白衛隊は自らの射撃に基因しない不発弾をも発見処理することになつている。)が地表において発見されていることからしても十分に右義務を尽していなかつた証左といわざるをえない。被告は、右演習場は極めて広大であり、砲弾が着地点より跳弾し、地中に埋没するなどその発見は極めて困難である旨主張し、前掲の各証拠によれば右主張事実をすべて認めることはできるものの、不発弾の危険性に思いを至すならば、困難性の故をもつて右義務を免れうるものではない。
以上検討した如く、本件事故は、被告の機関である自衛隊の不法行為に基づくものといわざるを得ないから民法七〇九条によつて発生した損害を賠償すべき責任がある。
七 損害
(一) フサエの損害
1 逸失利益 金四五七万二四五八円
<証拠省略>によると、フサエは大正一〇年一一月一五日生れで本件事故当時満四九才の健康な女子であつたこと、夫である原告一次の妻として、その余の原告ら四名の母として家事その他の主婦としての働きをしていたほか、原告一次とともに古物回収業、ノリミス加工販売業を営んでいたが、原告一次が昭和四五年二月事故に遇い充分稼働できない状況下にあつて右各業務においても重要な働きをし、いわば一家の主柱としての役割を果していたことが認められる。フサエが家事労働に従事していたほかに古物回収業等の職務に従事することにより一定の収入をあげていたことからすれば、逸失利益の算定にあたつては昭和四六年度賃金センサス第一巻第二表(産業計、企業規模計、学歴計)の女子労働者の四〇ないし四九才以上の各年間平均収入の平均額によるものが相当であり、それによると、右各年代の女子労働者の平均年間収入額は、金六〇万四六六七円(円以下四捨五入、以下同じ。)であり、フサエの生活費は、その家族構成、果していた役割等から右収入相当額の四割とみるべきであるからそれを控除した金三六万二八〇〇円がフサエの年間純収入額とみるべきである。そして、フサエが本件事故に遇わなければ、少くとも満六七才に至るまでの一八年間は主婦としておよび前示職務に必要な労働に従事することが可能であつたとみることができる。これを年毎のホフマン複式計算方法によつて一八年間の年五分の割合による中間利息を控除すると金四五七万二四五八円となる。
2 慰謝料 金一〇〇万円
フサエは、原告一次の妻で、その余の原告ら四名の母であり、本件事故当時病身の原告一次に代つて一家の主柱としての役割を果していたことはいずれも前示のとおりであり、原告一次本人尋問の結果によれば、本件事故当時、原告洋子と同ひとみは独立して他地で稼働していたものの未婚であり、原告功は下宿生活を送りながら大分の電波高校に通学し、原告貢は両親と同居して中学校に通学していたことが認められる。そうすると、フサエが、夫と未だ母親の愛情と疵護を必要とする子供を残して四九才でその生命を喪つた精神的苦痛は極めて大きいものであり、後示の過失相殺の事情その他本件に関する一切の事情をも考慮してフサエが本件事故によつて被つた精神的苦痛を慰謝するには金一〇〇万円が相当である。
(二) 原告一次の損害 合計金一四六万円
1 葬式費用 金三〇万円
<証拠省略>および弁論の全趣旨によると、同原告は、フサエの葬儀を主宰したものであることが認められるところ、その葬儀費用としては同原告主張の金三〇万円が相当である。
2 訴外小野ハルエに対する債務負担 金一一六万円
<証拠省略>によれば、同原告は、本件事故によりフサエとともに死亡した小野勝を雇用していたものであるところ、その妻である小野ハルエから労働基準法七九条、八〇条による遺族補償金、葬祭料合計金一一六万〇七〇〇円の支払を請求する訴を大分地方裁判所日田支部に提起されたため弁護士に訴訟を委任して抗争したが、昭和四九年五月七日右裁判所において金一一六万円の支払義務を認める裁判上の和解を成立させ、同原告は右債務を完済したものであることが認められる。同原告が右ハルエに支払つた右金一一六万円の遺族補償金等は、本件事故により死亡した小野勝の使用者であることによつて負担したものであるから、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害であり、これを被告が賠償する責に任ずべきことは前項で検討したと同様であり、またその金額も相当と認められるところである。
(三) 過失相殺
原告一次本人尋問の結果によると、フサエは、同原告とともに長年作業員が収集した廃弾を買い受ける古物回収業に従事し、同時に作業員であつたことが認められる。<証拠省略>によれば、右演習場における作業員は、自衛隊による教育を受けるまでもなく、経験者からの指導或いは長年に亘る廃弾収集の経験から、自衛隊が演習の際発射する銃砲弾には、火薬の装てんされた実弾と装てんのない演習弾があり、前者は国防色、後者は青色の塗装が施されていること、自衛隊が実弾を発射した際ほとんどが着地等の衝激により炸裂するが極めて稀には炸裂しない不発弾が生ずること、不発弾は自衛隊によつて処理又は標示されることになつてはいるが未処理の不発弾もあり、右演習易に相当数の不発弾が残存していたこと、不発弾は極めて危険なものであるから、廃弾を収集し或いはこれを買い受けるものは、不発弾を収集し、買い受けることのないように最大限の配慮をなすべきものであること、不発弾を発見したときは直ちに自衛隊に通報すべき契約上の義務を負担していること、不発弾を収集、取得しないがためには、砲弾としての原型をとどめていない破片のみを収集、取得すべきこと、原型をとどめている砲弾片を収集、取得するときは塗装色を調べ、汚れ、錆、腐食によつて一見塗装色が明らかでないものも細部にわたつて見分し、汚れや錆を落すと塗装色がわかること、それでも塗装色の判明しないものは収集、取得すべきではないこと、その他不発弾であるか否か不明なものについては収集、取得すべきではないことを認識しているものであることがそれぞれ認められることからすれば、長年右職務に従事していたフサエも右各事実を認識していたものと推認しうる。従つて廃弾を収集、取得する者は、右の各諸点就中原型をとどめていないこと、原型をとどめているものは青塗装色の判然としているもののみを収集、取得すべき注意義務を負担していたものというべきである。本件事故の原因となつた不発弾は、フサエが本件事故の前日中須部落で購入した大部分原型をとどめた二九発のロケツト弾若しくは無反動砲弾の内の一発であることは前示のとおりである。<証拠省略>によると、普通古物回収業者は、原型をとどめた廃弾の買い入れを拒む者が多かつたが、フサエは本件事故前日のみならず普段から原型をとどめた廃弾をも買い入れていたことが認められる。右認定に反する<証拠省略>は措信できない。フサエは、原型をとどめた廃弾を購入する際には、演習弾であることを示す青塗装色の存在を十分念入りに確認すべき義務があるにもかかわらず、本件事故が発生したこと、右不発弾には青塗装色が施されていたとは認め難いことからして右義務を懈怠した過失により不発弾を購入し、解体作業をなさしめたものと推認するのほかはない。そうすると、フサエの右過失が本件事故発生の重大な一要因となつたことは明らかであるから、自衛隊における過失とフサエの行為が本件事故発生に与えた原因力の程度を比較考慮して過失相殺による損害の分担を定めると、被告の三に対し、原告らを七とするのが相当である。
(四) 相続
フサエと原告らの身分関係については、当事者間に争いがない。よつて、原告一次は三分の一、その余の原告ら四名は各六分の一宛フサエの損害賠償請求権を相続したことになる。
(五) 原告らの慰謝料 各金三〇万円
前示の過失相殺の点を含む諸般の事情を考慮して原告らの慰謝料は各金三〇万円とするのが相当である。なお、原告らは、自衛隊が本件事故後地域住民による廃弾回収を禁止するなど入会権の侵害をしている事情をも慰謝料算定に際しては考慮すべきである旨強調するところである。<証拠省略>によると、自衛隊は、本件事故後本件契約等を解除し、作業員による廃弾収集を禁止する措置に出たことが認められるところではあるが、廃弾収集が入会権の対象になるとは到底解し難いのみならず、付近住民が演習場区域内に入会権を持つものであるとは未だ認めるに十分でないことは前示のとおりであり、本件契約等の内容の主要な部分が空文化ないしは形がい化している状況下での廃弾収集の実情は、本件事故の発生を見るまでもなくかなりの危険性を内包していたものであることに鑑みるならば、なんらかの是正を必要としていたものと考えられることからしても自衛隊の本件契約等の解除が不当であるとは俄に断定し難く、仮に本件契約等の解除が不当であり、住民が損害を被つたものであれば、住民が解決すべき問題であり、本件慰謝料の算定の事情として考慮すべきものではない。
(六) 弁護士費用 合計金四三万円
原告らが本訴において弁護士に訴訟行為を委任したことは当裁判所に顕著であり、諸般の事情を考慮して本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、原告一次については金一五万円、その余の原告ら四名については各金七万円が相当である。
(七) 原告らの請求できる金額合計 金四七三万九七三九円
1 原告一次 合計金一六七万八五七九円
(1) (一) 1の金四五七万二四五八円に過失相殺割合一〇分の三、法定相続分三分の一をそれぞれ乗じた金四五万七二四六円
(2) (一)2の金一〇〇万円に法定相続分三分の一を乗じた金三三万三三三三円
(3) (2)の金一四六万円に過失相殺割合一〇分の三を乗じた金四三万八〇〇〇円
(4) (五)の金三〇万円
(5) (六)の金一五万円
2 その余の原告ら四名合計各金七六万五二九〇円
(1) (一)1の金四五七万二四五八円に過失相殺割合一〇分の三、法定相続分六分の一をそれぞれ乗じた各金二二万八六二三円
(2) (一)2の金一〇〇万円に法定相続分六分の一を乗じた各金一六万六六六七円
(3) (五)の各金三〇万円
(4) (六)の各金七万円
八 よつて、原告らの請求は、被告に対し弁護士費用を除いた残余の金員につき訴状送達の翌日である昭和四九年五月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法九三条一条、九二条、八九条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部雄策)